風度

人に教える、伝える場合、自身の自己向上に尽力するのは当たり前です。
しかし教える側に回ると多くは自身の不完全に目を向けません。つまり努力を怠ります。
弟子も気づきます。
「良いのか?」と疑義が感じます。
すると教える側は「自分の言うことを聞かなくなってきた」と思い込みます。
ここで師匠離れと同時に弟子離れができない、
”弟子を捕まえておく”という既得権益にすり替わった師弟の関係が生まれます。
入門当初や未熟な時期を一つの基準にして、
「粋がっても、生意気言っても、所詮自分の弟子」
と思い込む。
親離れの速さに子離れがついていけない悲しさです。
良い関係を持てば「自身の気づかない自分」に目を向けさせてもらえ、自分のいたらなさに思いが至ります。
この人ならと思える”なら”に出会っておきながら、その”なら”が全く身につかないまま5年目の始まりです。
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