愚直

愚の骨頂という言葉が有り、あまり良い意味では使われません。

馬鹿になるのは骨が折れても利口には誰もがそれなりに及びます。

愚への傾倒が謙遜ではなく求道心に臨む自覚だとすると、
利口になる手段とは違い学問は教えてくれない境地とも言えます。

『莫迦』という字は『愚』が転じたものです。

『こだわる』と言う言葉も本来は良い意味では使わないものです。
『愚』も同様です。

取り組む姿勢は愚で良いと思います。
愚直という態度は美徳だと思います。
才があれば才を頼みます。
しかし愚なればこそ愚を守り、
故に愚になりません。
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礼儀

金ケ崎の道場は中学校の柔剣道場を利用しています。
大会が近いと学童の部活動と稽古時間がバッティングすることもあります。
合氣道は場所を選びませんのでその際は畳のスペースは学童に使ってもらうのが常です。

指導される先生が毎回「よろしいですか?」「すいません。」と私の近くまで来て挨拶をしてくださいます。
何度となくこの状況に遭って、なおも毎回わざわざ近くまで足を運び、断って、邪魔を詫びるのです。

やもすると「無視」、「敵対意識」、「他所者へのアレルギー」を露骨に表す指導者は珍しくありません。
スポーツとして勝ち負けの世界にあれば尚更です。見栄もあります。
学童たちは、普段自分たちに厳しい先生が、他所の、しかも他武道の人間に頭を毎回下げるのを見ます。

いつかその人間性に対して何かを思う時が来れば良いなと思います。
単純な態度であるからこそ、そうできるものではありません。